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京都大学大学院工学研究科-西脇 眞二教授による開発監修のもと、新たな姿へと進化を遂げたネプロスneXT 9.5sq.ラチェットハンドル【NBR390X】。前回の<中編>ではトポロジー最適化を行いながら、新しいラチェットハンドルを設計する難しさについてのお話しでした
今回は、座談会最終話となる後編。実際に製品化され2023年9月より販売が開始されたネプロス neXT 9.5sq.ラチェットハンドル【NBR390X】。
理論上の設計から実際の生産体制へとシフトしていくなかで、製品化の技術的苦労について、京都大学大学院工学研究科 西脇教授、KTC ものづくり技術本部 生産技術部 生産技術課 課長 井上正貴、KTC T&M推進本部 商品開発部 汎用開発グループ 大西俊輔の3名が最後まで語りつくします。
井上 当社では開発側がニーズやコストの社内稟議をクリアした後に、正式な最終設計図を生産側に提出します。それまでの期間を「設計期間」と呼んでいます。
大西 井上さんともいろいろな協議や試作を積み重ねながら社内での確認を進め、製品化に向けた最終設計図面が完成したのが2023年ですね。2016年ごろからプロジェクトがスタートして製品化まで7年かかりました。
西脇教授 とても短い期間で作られていますよね。自動車関係なら圧倒的にボツになる数も多いですし、モノになるのは本当に少ないんです。こうしたプロジェクトも「知見を得た」で終わるようなことも多いですし。実際に、モノになるのは100件あって5件もないですね。形として仕上げることを諦めないKTCさんの経営陣もすごいでよね。
ネプロス neXT 9.5sq.ラチェットハンドル
再利用コルク素材のトレイとプラスチックを使用しない梱包材を採用している。
井上 今回は加工技術の課題もありましたので、どうやって作っていくかを大西さんとお互い話をしてすり合わせていきました。新しい製品を作っていくというのは、新しい加工・製造方法を探っていくものだと改めて感じました。
しかし今回、解析で出てきた答えが今の加工方法では難しそうだったので、3Dプリンターや鋳造などの方法を考えてきたのですが、やはりKTCとして土台となる「鍛造」を使って作っていこうとなりました。こだわるべきところ、新しくすべきところなど議論すべき余地はたくさんありましたね。
大西 製品化の課題はいろいろありましたが、刻印の位置、ブランドの表現、表面処理なんかもありました。表面処理もこういうショットピーニングにしたいというのはありましたよね。実現ができないという現実的な問題もあって、それを理想に近づけるために、井上さんによく相談していました。
ショットピーニング加工とは
表面にセラミックビーズを高速で衝突させる技術のこと。これにより、表面硬度が増し、強度がアップする。 保管時や作業中でも表面に傷がつきにくい。
井上 形は作れるのか、量産したときにコストの範囲に収まるのか、大量生産したときに問題は出ないだろうか、というさまざまなハードルがありましたが、他の製品と同様にひとつづつクリアしていきました。
加工する量が多いと、刃物も早く消耗するんですね。ネプロスneXT 9.5sq. ラチェットハンドル【NBR390X】のように、これだけ削る部位が多いと、刃物がどれだけもつかは入念に検証しないとわからないんです。どれだけの周期で刃物を交換したら品質が保てるかは、実際にやってみて確認して、ブラシュアップすることが大切ですね。
通常、ネプロスシリーズは加工するときにはガッチリ固定するんです。ですが、ガッチリ固定するとキズができるんです。そのため後で加工する部分を掴んで加工してと、この流れを繰り返していくんですね。しかしあらゆる部分を削るネプロスneXT 9.5sq. ラチェットハンドル【NBR390X】のようなタイプだと「一体どこを掴むんだ!?」となりましたよね。
大西 掴むという課題についても本来ならば、もう少し加工しやすいように設計もするんですが、今回はそういったことを一切考えないようにしていました。他にも、刻印の位置を決める際、後ろの“ウケ”がないところに印字を入れたりだとか、今までではタブーとされるようなところもありました。
そういったタブーも一旦リセットして、妥協せずにデザイン的に「コレがいい」と推し進めてきました。やれる方法を開発と生産が一緒に話し合い、情報を得ながら、材料の話も含めて試行錯誤して取り組んできました。
井上 従来は開発と生産は分かれて仕事をしてきましたが、今回のように設計に入り込んで仕事をするという経験はあまりなかったんですよね。最初から最後まで、開発と生産が一緒に開発するという体制を作ったのは良かったなと思います。
井上 まず、どう作っていくかよりも、どういう形にするかを一緒になって考えていくことが大切だと思います。形が決まると新しい技術・作り方を探りながら、どうやって作るかを決めていきました。最終的に、KTCが培ってきた鍛造技術を取り込んでいくということがポリシーとして必要だと思いましたし、決心しました。どんな課題も大西さんと二人で乗り越えてきたというのが大きかったですね。
大西 いつも二人でしたよね。図面を作るのも一人じゃなかったですものね。
井上 会社規模としてはそんなに大きくないですから、顔を知らない社員はいないんです。コンパクトな分、相談しやすい環境ではありましたよね。でも、今回はかなり密でしたよね。技術以上に、コミュニケーションで乗り越えてきた感はありますよね。
西脇教授 すごく魅力的ですよね。軽量化という機能を追求された点に加えて、これだけ素晴らしい意匠にされた点もすごいですよね。プロフェッショナルの方に対してだけでなく、工具好きな人へのインパクトも強いと思います。KTCさんとの取り組みや製品について、講義でも紹介したいと思っています。製品化といったモノになるのは、事例としても少ないですから。感動的ですよね。
大西 経営陣からは7年の苦労も評価されて、「よくぞここまで!」と言ってもらえました。製造の方からは、最初の頃は作りにくいという印象をもたれていたみたいですが、「仕上がったらやっぱりかっこいいね」とポロっと漏らされることがあります。そういった声をいただくと、本当にうれしいです。
井上 経営陣からは「これはKTCの歴史を変えるんじゃないか」とまで評価されていて、うれしいですね。すごいことだなと改めて感じます。
西脇教授 私たちは構造設計やその他設計を企業の方とご一緒させていただくことが大切と考え、2023年4月からコンソーシアムを設立しています。KTC様にも参画いただいて、異業種の方とお話したり、我々の考えをお話させていただきたいと思っています。今後もいろいろ議論して、ターゲットが決まればまた一緒に開発していきたいですね。そういった活動を通じてひとつの窓口となって議論できればと思っています。
井上 トポロジー最適化と言う学問を学んでいく中で、最初の頃は何ができるかがわかってなかったんですよね。だから、手当たり次第にいろいろ始めてしまったんですよね。ラチェットハンドルに取り組むというテーマが決まってからは早かったですが、そこまでは長かったです。テーマを最初に決めていたら、もっと早く形にできたかなと思います。
大西 井上さんのおっしゃる通りなんですが、私としては回り道をしたことで次につながる、プラスの面もあると思っています。
井上 確かにそうですよね、いろんなところに出て見に行ったことでわかったことも多かったですからね。最初は西脇教授からも上司からも、工具から離れなさいと言われていましたしね。
大西 先ほど、西脇教授がおっしゃっていたようなコンソーシアムで他業種・異業種と話し合うことで新たなきっかけやヒントが見つかると思います。そういった着眼点があったのかと気づけるんでしょうね。
大西 お客様からの「もっとこうあってほしい」という思いがあることは常に感じています。逆に昔からこうあるもの、変えてはいけないものもあり、大切なことだと今回実感することができました。
部内には他にも設計者もいますから、横展開してみんながトポロジー最適化を理解できるような環境を作っていきたいと思います。
井上 新しい加工法・金型など学びや得られることが多くあったので、今後の生産に活かしていけたらと思います。
西脇眞二(にしわき しんじ)
京都大学大学院 工学研究科 機械理工学専攻 教授
京都大学 工学部精密工学科を経て、京都大学大学院 工学研究科 精密工学専攻 修士課程修了。大学院卒業後、株式会社豊田中央研究所入社を経て、1998年米国ミシガン大学 機械工学・応用力学学科 博士課程修了,Ph.D.取得。
帰国後は、再び株式会社豊田中央研究所に復職し、2002年より京都大学 工学工学科 助教授に着任。准教授を経て、2009年より教授に就任、現在に至る。構造最適化、特に形状およびトポロジー最適化を中心に、機械製品の構想設計法、マルチフィジックス現象を対象とした構造・システム最適化、および開発・生産システムに関する研究を行っている。著書に「トポロジー最適化 (計算力学レクチャーコース) 」(共著)がある。
井上 正貴(いのうえ まさき)
京都機械工具株式会社 ものづくり技術本部 生産技術部 生産技術課 課長
1980年生まれ、愛媛大学大学院 理工学研究科 修士課程修了。2006年京都機械工具株式会社入社。同社 生産本部 生産技術部 生産技術グループ 配属。現在、生産技術部 生産技術課課長。開発部門との業務連携、自部門の生産管理、新工法の開発といった幅広い業務範囲に従事。
大西俊輔(おおにし しゅんすけ)
京都機械工具株式会社 T&M推進本部 商品開発部 汎用開発グループ
1991年生まれ、金沢工業大学 工学部 機械工学科 卒業。2013年京都機械工具株式会社入社。同社 マーケティング本部 商品開発部 商品設計グループ 配属。ラチェットハンドルの開発を主軸とし、グッドデザイン賞、iFデザインアワード、京都府発明考案功労賞など数々の受賞経験がある。
ツールを使う人の姿勢を観察、研究し生まれた形状。
最適化解析に基づく軽量かつ必要な強度を得られる無駄のない構造。
使い良い強度、剛性、軽さ、バランス、手馴染み形状、構造について考え、様々な人に最適化された次のステージを目指すKTCの新たなツールです。
●ラチェット全体のエッジを無くし、指で持つ個所は平面に、握る部分はラウンド形状にすることで、ヘッド、首、グリップ全ての作業でワンランク上の使いよさを実現。
●表面にセラミックビーズを高速で衝突させるショットピーニング加工を施すことで、表面硬度が増し、強度がアップ。
●ヘッドの小型化、軽量化、バランスの最適化でより使いやすいラチェットハンドルに。
ネプロスneXT 9.5sq. ラチェットハンドル【NBR390X】 開発秘話座談会
<前編> ~西脇教授からトポロジー最適化という理論を学び、どのようにして工具開発に活かそうとしたのか~
<中編>トポロジー最適化を行いながら、新しいラチェットハンドルを設計する難しさ
【工具大進化】
工具大進化Vol01. 安全に対する考え方 ~製品安全への取組みと情報発信~
工具大進化Vol.04 トルクレンチとトルク管理の必要性、 そしてさらなるシステム進化
工具大進化Vol.05 作業管理システム、 トレーサビリティシステムの導入によりDX(デジタル ・ トランスフォ ー メ ーション)を推進する、 自動車関連業界の現場導入事例
[ニュースリリース]
2017年10月19日 構造最適化手法である「トポロジー最適化」を用い、既成概念にとらわれない作業工具の形状、構造、機能設計に応用 KTCと京都大学が産学連携体制による共同研究
〜いまある設計や既成概念にとらわれずに、新しい工具の形状、構造、機能を創り出す〜