はじめに

京都大学大学院工学研究科-西脇 眞二教授による開発監修のもと、新たな姿へと進化を遂げたネプロスneXT 9.5sq.ラチェットハンドル【NBR390X】。

前回の<前編>では西脇教授からトポロジー最適化という理論を学び、どのようにして工具開発に活かそうとしたのかというお話しでした。

今回は中編。

“トポロジー最適化を理論から実践に落とし込み、ラチェットハンドルの設計に活かすにはどういった難しさがあるのか”

このテーマについて、引き続き京都大学大学院工学研究科 西脇教授、KTC ものづくり技術本部 生産技術部 生産技術課 課長 井上正貴、KTC T&M推進本部 商品開発部 汎用開発グループ 大西俊輔の3名が語り尽くします。

 

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トポロジー最適化を行いながら、新しいラチェットハンドルを設計する難しさとは

数ある工具のなかでラチェットハンドルが最適だと確信されたのは、どういった理由からでしょうか?

大西 最初は工具と言えばスパナというところもあって、スパナの解析を始めました。基本的なモデルとして解析を行っていたのですがその後、手あたり次第さまざまな工具を解析していったんです。

 

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溶断機で穴をあけたり、3Dプリンターで作り始めたりしましたね。工具ケースをはじめ、さまざまな工具を手あたり次第という感じです。どれか製品化に向けて使えればいいなと思っていました。そういった紆余曲折のなか、“一番誰もが持っている工具とは何か”と考えると、やはりラチェットハンドルは避けては通れないとなりました。そこから、ラチェットハンドルの解析も始めていきました。

 

ラチェットハンドルとは

ソケットレンチ用ハンドルの代表格。ラチェット機構により、ハンドルの往復運動で締め付けや緩めの作業ができることが特長。

 


井上 ラチェットハンドルはKTCでは一番売れ筋で、一番メインどころで大事な製品でもありますしね。

大西 元々私自身が入社してから、ラチェットハンドルの開発をずっと担当してきました。どこにどういう力が加わるか概ね理解していたので、それを解析に応用できると考えていました。軽量化工具や最適な工具を世に広めるためには、多くの人が手に取るものから始めて行くのが大事な流れかなと思いました。ラチェットハンドルといったメインどころの製品に取り組むことで、他の製品にも応用が利くと考えたんです。こういった理由もあって、ラチェットハンドルが最適だと考えました。


井上 最初の一年目で基礎研究を勉強してきて、そのなかでスパナは簡単そうで、とっかかりに良さそうだなと思って始めたんですが、スパナは一番難しかったですね。そんななか、樹脂で作ったサンプルのラチェットハンドルを紹介されて、こんな自由な工具設計があるのかと驚きました。構造だけで何とかされていて、全体的にはトポロジー最適化が施されていたんです。それはまだ研究の段階のもので、実際に製品にはなってなかったようですが、ラチェットハンドルでもこんなに自由に作れるんだと思いましたね。

スパナの開発をやめた理由は何ですか?

大西 スパナは構造物からかなりかけ離れているんです。スパナは、あらゆる部位のポジションが固定できなくて、無理やり固定して解析すると、実例とは違う解析結果になったんです。そこで、一旦スパナから離れようとなりました。あとで、ソフトの解析のプロフェッショナルに確認すると、スパナの解析は難度高いですよということだったんです。見た目は簡単そうだったんですけどね。

西脇教授 私も最初はスパナぐらいの方がラクかなと思っていたんです。出てくる答えも解析に関しては橋とかと同じようなものなので妥当なのですが、モノになるのが難しいというお話しを聞いて、よくわかった次第です。

ラチェットハンドルの開発をすると決めたら、一直線だったんですか?

大西 先ほどもお話ししたように、ラチェットハンドルが当社の主力製品であったこと、誰もが持っている工具であること、ここが決め手でした。ラチェットハンドルと決めたらもう、寄り道せずにラチェットハンドル開発一直線でした。ラチェットハンドルとソケットの軽量化を進めていこうとなりました。

製品設計にトポロジー最適化を活用する際、西脇教授はどのようなアドバイスをされてきたのでしょうか?

西脇教授 皆さんご自分でできる方ですからね。“自社でできる仕組み作りを助言する”これが共同研究の目的のひとつなんです。そうでないと自社設計などなかなか自分でできないんですよね。それができましたら、第一ステップ終了ということにもなります。

 

大西 トポロジー最適化の仕組み・概要がわかり始めて、市販ソフトで社内でもある程度近いことができるようになってきました。移動時間や開発環境を考えると、社内の設計者をいつも京都大学の研究所に連れていくこともできませんし。こうしたことを合わせて考えると、いつしか“社内でできる方法”を考えるようになっていきました。

 

井上 製品設計に落とし込むようになってからは、大西さんの言う通り西脇教授のもとを訪問する回数は減りましたね。ですが、解析をお願いしたり、相談したりというといったことでご報告に伺うことはありました。

 

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どのようなラチェットハンドルを目指そうとされたのですか?

大西 本当に最初はとにかく軽量化だけを求めていたんですね。

ラチェットハンドルは横向きの動きに縛られているのですが、トポロジー最適化で解析すると、トラス式と言いますか橋脚のような形が出るとわかったんです。そこでラチェットハンドルも橋脚のような形状で作れば、それっぽいモノができるかと思ったんですよね。

だから、井上さんはじめ生産技術の意見を聞かずプロトタイプを作ったりもしました。

 

井上 手あたり次第でしたよね。

 

大西 はい。しかしネプロスのラチェットハンドル自体も転換期を同時に迎えていた頃だったこともあり、もっとラチェットハンドルとして進化させることができないのかなと思ったんです。軽いだけでどうなの? 使い勝手は最適なのか? と視点を変えながらラチェットハンドルとソケットと向き合っていくようになりました

 

井上 中の部品までも最適化しようと解析をかけまくっていたのは印象的でしたね。


大西 ラチェットハンドルってどう使うのか? を改めて見直し、ハンドルだけでなく首部やヘッドを持ったりして使うことも踏まえて、使い方の最適化について考えを深めていきました。そうするうちに、力が加わらないところのトポロジー最適化を解析で出してみよう、と思いつき、結果ドライブギアにも溝を作るようになったんです。その仕様は先にNBR390A(ネプロス 9.5sq.ラチェットハンドル)に反映した形になりました。

 

井上 大西さんの考えをいかにカタチにしていくか、生産技術としては話を聞くたびに加工する部分がどんどん増えていくなぁと感じました。ただ、いつも同じものを作っていてもお客様は満足していただけないのはよくわかっているので、「常に新しいものを作っていくんだ」という気概を持って、製造工程でも最適化に挑戦しました。

 

西脇教授 我々はモノを作って産業を興して、工学を発展させることが使命なんです。単に軽くするだけでは数学の世界で、それはモノ作りではないんです。大西さん、井上さんはそれをよくわかってらっしゃいますね。

 

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新しいラチェットハンドルを設計する難しさとはどういったものだったでしょうか?

大西 これまでの作り勝手を敢えて忘れようとすると、設計の自由度は高まりましたが同時に難易度も高まりましたね。

 

井上 製品として作っていく上で、作り方もゼロから考え直す必要がありました。加工する部位・方向といった工程が増えると、コストも増えるんですよね。大西さんのリクエストに応えながら、いかに工程・コストを抑えるかが難しかったですね

 

大西 井上さんのようにどんな無茶にも応えていく、そういったところもKTCの強みなんですよね。だから開発側がひるんでしまったり遠慮してしまうと、良い最終品には辿りつかないんです。例えば外側に面取りをいれることで手なじみがよくなったり、違和感がなくなったりとか、そんな細かいところまで、「ここは必要なんです!」とリクエストしました

 

井上 他にもいっぱいリクエスト、ありましたよね。

 

大西 そうそう、刻印の位置や表面処理なんかもありましたよね。ミラーフィニッシュからショットピーニングにして、表面硬度を高めるといったことも提案してリクエストしました。ブランディングにおいても重要なポイントでしたから。

 

ショットピーニング加工とは

表面にセラミックビーズを高速で衝突させる技術のこと。これにより、表面硬度が増し、強度がアップする。 保管時や作業中でも表面に傷がつきにくい。

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井上 工程が増えましたが、それ以上に大西さんの製品設計には納得できるところが多いですね。ショットピーニングもムラができないようにと気を遣う点は多いですが、製品価値が高まりますから、大切なことですね。

 

大西 難題は多々ありましたが、立ち上げ期から井上さんと共同開発したからこそ、コミュニケーションの密度も高まって、ひとつづつ解決できたんだと思います。

 

井上 モノ作りは使い勝手を追求すればするほど、求められる範囲が広がりますよね。例えば力の弱い方や工具に不慣れな方も製造や整備業界など工具を使う現場に進出している世の中です。立ち上げ期から関わったことで、そういったところにも対応していくユニバーサルデザイン的視点の重要性にも気づかされました。

 

大西 ゼロから考えたことで、これまでの製品理念に自然に戻ってきたこともあるんです。ネプロスのラチェットハンドルの持ち手の周長は小学校の鉄棒の太さを守り続けています。鉄棒の太さって、自然と手なじみがいいんです。今回の製品化にあたって作成した初期のプロトタイプは周長が少し細く、握った時に違和感を感じました。ハンドルの周長を変えないと決めていたわけではありませんが、最終的にハンドル部はこれまで通りの太さになっています。

 

西脇教授 ここまで突き詰めて、製品化につなげて行けたことは本当に素晴らしいですね。大きなチャレンジ精神とご尽力をしみじみと感じますね。「絶対にやり遂げるんだ!」という、諦めない信念やオーラを感じます。大西さんや井上さんはなんとかしたいという目的意識が高く、夢や希望を持っていらっしゃったので、ワクワクさせていただきました。学生たちも学ぶことが多く、教育としてはとてもいい試みだったと思っています。

 

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プロフィール

西脇眞二(にしわき しんじ)

京都大学大学院 工学研究科 機械理工学専攻 教授

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京都大学 工学部精密工学科を経て、京都大学大学院 工学研究科 精密工学専攻 修士課程修了。大学院卒業後、株式会社豊田中央研究所入社を経て、1998年米国ミシガン大学 機械工学・応用力学学科 博士課程修了,Ph.D.取得。

帰国後は、再び株式会社豊田中央研究所に復職し、2002年より京都大学 工学工学科 助教授に着任。准教授を経て、2009年より教授に就任、現在に至る。構造最適化、特に形状およびトポロジー最適化を中心に、機械製品の構想設計法、マルチフィジックス現象を対象とした構造・システム最適化、および開発・生産システムに関する研究を行っている。著書に「トポロジー最適化 (計算力学レクチャーコース) 」(共著)がある。

井上 正貴(いのうえ まさき)

京都機械工具株式会社 ものづくり技術本部 生産技術部 生産技術課 課長

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1980年生まれ、愛媛大学大学院 理工学研究科 修士課程修了。2006年京都機械工具株式会社入社。同社 生産本部 生産技術部 生産技術グループ 配属。現在、生産技術部 生産技術課課長。開発部門との業務連携、自部門の生産管理、新工法の開発といった幅広い業務範囲に従事。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

大西俊輔(おおにし しゅんすけ)

京都機械工具株式会社 T&M推進本部 商品開発部 汎用開発グループ

 
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1991年生まれ、金沢工業大学 工学部 機械工学科 卒業。2013年京都機械工具株式会社入社。同社 マーケティング本部 商品開発部 商品設計グループ 配属。ラチェットハンドルの開発を主軸とし、グッドデザイン賞、iFデザインアワード、京都府発明考案功労賞など数々の受賞経験がある。

 

 

 

 

 

 

 

ネプロスneXT 9.5sq. ラチェットハンドル【NBR390X】

ツールを使う人の姿勢を観察、研究し生まれた形状。
最適化解析に基づく軽量かつ必要な強度を得られる無駄のない構造。
使い良い強度、剛性、軽さ、バランス、手馴染み形状、構造について考え、様々な人に最適化された次のステージを目指すKTCの新たなツールです。

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●ラチェット全体のエッジを無くし、指で持つ個所は平面に、握る部分はラウンド形状にすることで、ヘッド、首、グリップ全ての作業でワンランク上の使いよさを実現。


●表面にセラミックビーズを高速で衝突させるショットピーニング加工を施すことで、表面硬度が増し、強度がアップ。


●ヘッドの小型化、軽量化、バランスの最適化でより使いやすいラチェットハンドルに。

>> 製品詳細はこちら

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ネプロスneXT 9.5sq. ラチェットハンドル【NBR390X】 開発秘話座談会

<前編> ~西脇教授からトポロジー最適化という理論を学び、どのようにして工具開発に活かそうとしたのか~

<中編>トポロジー最適化を理論から実践に落とし込み、ラチェットハンドルの設計に活かすにはどういった難しさがあるのか

<後編>理論上の設計から実際の生産体制へとシフトしていくなかで、製品化の技術的苦労について

 

【工具大進化】

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工具大進化Vol.02 製品と提供価値を創り出す取り組み

工具大進化Vol.03 様々な工具の系統分類

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工具大進化Vol.05  作業管理システム、 トレーサビリティシステムの導入によりDX(デジタル ・ トランスフォ ー メ ーション)を推進する、 自動車関連業界の現場導入事例

 

[ニュースリリース]

2017年10月19日 構造最適化手法である「トポロジー最適化」を用い、既成概念にとらわれない作業工具の形状、構造、機能設計に応用  KTCと京都大学が産学連携体制による共同研究
〜いまある設計や既成概念にとらわれずに、新しい工具の形状、構造、機能を創り出す〜